コンクリートを打つ前の日の現場には、独特の静けさがある。
型枠の中には、鉄筋が隙間なく組み上がっている。柱も、梁も、壁も、床も、何千本という鉄の棒が細い針金で結ばれ、まるで編み物のように並んでいる。それを見下ろしていると、いつも少し不思議な気持ちになる。これだけの手間をかけたものが、明日にはすべて灰色のコンクリートの中に沈み、二度と誰の目にも触れなくなるのだ。
配筋検査とは、その「見えなくなる前」に、鉄筋が図面どおりに入っているかを確かめる検査である。鉄筋の太さ、本数、間隔、かぶり厚さ(鉄筋を覆うコンクリートの厚み)。確かめるべきことは、数え上げればきりがない。
だが、正直に言えば、そのすべてを同じ熱量で見ることはできなかった。時間は限られている。現場は次の工程を待っている。そういう中で、私が最後まで目を離さなかった場所が二つある。
定着長さと、開口補強筋。
なぜその二つだったのか。いま改めて考えてみると、答えは案外単純なところにあるような気がする。
数えることと、見ること
配筋検査というと、鉄筋の本数を数える仕事だと思われていることが多い。たしかに数は大事だ。一本足りなければ、それは一本足りないのである。
しかし、本数が合っていることと、その建物が地震に耐えられることとは、必ずしも同じではない。
鉄筋は、一本ずつでは何の役にも立たない。柱から梁へ、梁から床へと、力がきちんと受け渡されたとき、初めてそれは建物の骨格になる。私が現場で見ようとしていたのは、たぶん鉄筋そのものではなく、その受け渡しの場所だったのだろう。
きっかけは、ある記事だった。鉄筋の定着が足りなかったことで起きた事故を伝える記事である。定着の不足は、完成した建物の外からはまず見えない。それが事故という形で表に出たときには、もう取り返しがつかない。その記事を読んで以来、私は定着から目を離さなくなった。
抜けないための長さ
定着というのは、鉄筋の端を隣の部材のコンクリートにしっかりと埋め込むことをいう。梁の鉄筋であれば、柱の中へ。その埋め込む長さが、定着長さである。
地震が来ると、梁の端の鉄筋は強く引っ張られる。そのとき埋め込みが浅ければ、鉄筋はコンクリートからずるりと抜けてしまう。どれほど太い鉄筋を入れていても、抜けてしまえばそれまでだ。
建築基準法施行令の第73条は、柱に取り付く梁の引張鉄筋について、柱に定着する長さを鉄筋の径の40倍以上とするよう定めている。構造計算で安全を確かめた場合などの例外はあるし、より細かな決まりは日本建築学会の配筋指針にまとめられている。数字そのものは、それほど難しいものではない。
難しいのは、その数字を現場で、そのとおりに納めることなのだ。
柱と梁が出会う場所で
長さは足りているのに、どうにも気になる配筋というものがある。
柱の手前で曲げられている。柱の奥まで届いていない。折り曲げの向きが、こちらの想定と逆になっている。図面の数字とは合っているのに、力の流れとして見ると、どこか心もとないのである。
そういう配筋が出やすいのは、柱梁接合部(柱と梁がぶつかる結び目の部分)だ。四方から梁の鉄筋が入り込み、そこを柱の鉄筋が縦に貫いていく。建物の中でもっとも鉄筋が混み合う場所で、指一本入る隙間もないことさえある。
納まらないから、誰かがどこかで少しずつ譲る。その小さな譲歩が、定着に表れやすいのではないか。だから接合部の前に来ると、腰をかがめ、顔を近づけて、鉄筋の先がどこで終わっているのかを確かめずにはいられなかった。
梁の定着筋は、柱の中に納まりさえすればよい、というものでもない。
柱と梁の接合部は、地震のときにひびが入りやすい。とりわけその下のほうは、ひびが生じやすい場所である。そこに梁の主筋(梁の骨格となる太い鉄筋)を定着しても、ひびの入ったコンクリートは鉄筋をつかんでいられない。長さは足りている。図面の数字も満たしている。それでも、その場所では効かないのだ。
定着とは、長さの問題であると同時に、場所の問題でもあるのである。
穴のまわりで起きること
もう一つの場所は、穴のまわりである。
壁や床には穴があく。窓、扉、設備の配管やダクトを通す穴。梁を貫く穴はスリーブと呼ばれる。穴をあければ、そこにあった鉄筋は当然切られることになる。すると力は穴をよけるように流れ、その角に集まっていく。
地震のあとの建物で、窓の角から斜めに走るひびを見たことのある人もいるだろう。あれは、角に集まった力がコンクリートを引き裂こうとした跡なのだ。
そのため穴のまわりには、切った鉄筋の代わりとなる補強の鉄筋を入れる。縦に、横に、そして角には斜めに。これが開口補強筋である。
図面にない穴
開口補強筋から目を離せなかった理由は、実はもう一つある。
穴というものは、現場で増えるのだ。
設備の図面が後から変わる。配管のルートが少しずれる。打ち合わせの席で、誰かが「ここにも一つ穴が欲しい」と言う。そうして生まれた穴は、構造図には描かれていない。描かれていない穴には、当然、補強筋も描かれていない。
そこに悪意はない。誰もが自分の持ち場で、仕事を前に進めようとしているだけだ。だが、そうやって生まれた穴は、検査で見つけない限り、補強のないままコンクリートの中に閉じ込められてしまう。
とりわけ忘れられやすいのが、角に入れる斜めの一本だ。縦と横はきちんと入っているのに、角の一本だけがない。その一本の不在に気づけるかどうか。それが検査をする者の目なのだと思う。
工事のためにあける「ダメ穴」もそうだ。ダメ穴とは、資材を通したり作業をしたりするために一時的にあけておき、あとで塞ぐ穴のことである。
あとで埋めるのだから、と補強筋がおろそかにされやすい。だが、力はコンクリートの塊だけで伝わるのではない。鉄筋を伝わって流れていく。穴のまわりの鉄筋が途切れたままなら、どれだけきれいに埋め戻しても、力は穴の向こうへ渡っていかないのだ。
小さな穴だから、と安心できるわけでもない。一つひとつは小さくても、それがいくつも並んでいれば話は違ってくる。点線に沿って紙がちぎれるように、穴と穴のあいだは弱くなる。小さな開口が連続しているときこそ、なおさら目を凝らさなければならない。
見えなくなる前に
定着も、開口補強も、完成した建物からは決して見えない。仕上げが貼られてしまえば、なおさらだ。
もしそこに問題があったとしても、それが表に出るのは何十年も先かもしれない。あるいは、大きな地震が来たその日かもしれない。そのとき、もう誰も確かめることはできない。
だから、見えるうちに見る。
配筋検査とは、建物の中身を人間の目で確かめることのできる、最後の機会なのだ。
まとめ
検査で見るべきことは、いくらでもある。けれど、私が最後まで見続けていたのは、二つの場所だった。鉄筋がきちんと埋め込まれているかという定着長さ。そして、穴のまわりが守られているかという開口補強筋。
どちらも、力がどこからどこへ流れていくのかを思い浮かべれば、自然と目が向く場所である。
本数を数えることなら、誰にでもできる。だが、力の流れを頭に描きながら鉄筋の森の中に立つことは、構造を考えてきた者にしかできないのかもしれない。
明日にはコンクリートの中に消えてしまう鉄筋を前にして、私はいつも、そんなことを考えていた。


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