なぜあの建物は細い柱で倒れないのか?① 大空間建築
大空間建築の柱は、実際には決して細くない。
ここで言いたいのは、空間に対して「少ない」という意味だ。
体育館。
スタジアム。
空港。
展示施設。
巨大な空間が広がっている。
見上げる。
柱がない。
あるいは、驚くほど少ない。
構造設計をしていない人から見ると、不思議に見える。
「どうして落ちてこないんだろう」
たぶん最初に浮かぶ疑問はそれだと思う。
大空間をつくる理由は、大きく二つある。
一つ目は、必要だから。
体育館に柱が立っていたら競技にならない。
スタジアムの観客席の前に巨大柱が立っていたら誰も喜ばない。
空港の出発ロビーもそうだ。
用途そのものが、大空間を要求している。
もう一つは、必須ではないけれど、機能性を上げたい場合。
将来のリファービッシュ。
用途変更。
レイアウト変更。
柱が少ない空間は、未来への自由度になる。
今だけではなく、二十年後、三十年後の使われ方を見据える。
構造設計は、時々そういう時間の設計でもある。
物流倉庫は少し特殊だ。
機能だけ考えれば、柱は少ないほうが良い。
フォークリフトも走りやすい。
ラック配置も自由になる。
しかし話はそんなに単純ではない。
物流倉庫は積載荷重が大きい。
床が受け持つ重量が普通の建物とは違う。
すると、スパンだけでは決まらなくなる。
梁成。
階高。
建設コスト。
ラック寸法。
動線。
積載効率。
そうした条件が複雑に絡み合う。
結果として、最近の物流施設は、かなり似たようなスパン計画に収束していく。
合理化が進むと、答えは案外似てくる。
そして、大空間は地盤でも決まる。
これが意外と知られていない。
柱を減らしたい。
だったら大断面柱で飛ばせばいい。
大口径杭で本数を減らせばいい。
一見そう思える。
しかし現実はもう少しややこしい。
液状化の可能性。
支持層深さ。
地盤条件。
杭工法。
ここまでは比較的よく知られている。
問題はさらにその先にある。
敷地に大型施工機械が入れるか。
搬入経路に制約はないか。
周辺道路条件は。
都市部か。
郊外か。
大型機械が搬入できなければ、施工可能杭径にも制限が出る。
つまり、柱本数の議論は、実は地下の話でもある。
構造設計は、地上だけの仕事ではない。
基礎と上屋。
施工条件とコスト。
全部まとめて最適解を探す。
それが仕事になる。
構造力学的に言えば、部材は軸力に対して有利だ。
特に引張力。
引張材は、圧縮材のように座屈しない。
だから細くできる。
軽くできる。
一方で曲げは違う。
曲げは応力だけでは終わらない。
変形が支配的になる。
大スパンになるほど、それが効いてくる。
だからスタジアム屋根はアーチになる。
ライズを取る。
曲げを減らす。
軸力主体に持ち込む。
構造設計者は、巨大スパンを前にすると、できるだけ曲げを減らしたくなる。
これはほとんど本能に近い。
しかしアーチには副作用がある。
スラスト力だ。
水平反力。
外へ押し広げようとする力。
解決方法は大きく二つ。
柱で抵抗する。
あるいはタイビームで縛る。
構造的には後者が有利なことが多い。
柱負担を減らせる。
しかし現実にはそう単純でもない。
例えばバレーボール。
有効高さ制限がある。
競技空間の下にタイビームを通したくても、許されないことがある。
スポーツ施設の設計は、競技ルールと構造力学が真っ向からぶつかることがある。
床スパンを飛ばすときは、振動も怖い。
強度だけ見ていると危ない。
人間は意外と振動に敏感だ。
歩行振動。
群集振動。
機械振動。
数字上は安全でも、使っていて不快なら建築としては失敗する。
構造設計は、倒れなければ良いという仕事ではない。
使われ方まで含めて考える。
国立代々木競技場第一体育館。
初めて見たとき、巨大なテントにも、巨大な船にも見えた。
二本の主柱。
吊り構造。
ケーブルが屋根を引っ張り上げる。
普通の梁で飛ばしていたら、あんな空間は成立しない。
張力。
圧縮。
ケーブルの力の流れ。
力学がそのまま建築の表情になっている。
空間全体に、どこか緊張感がある。
静かなのに、今にも巨大な力が流れている気配がする。
東京カテドラル聖マリア大聖堂。
ここでは構造が祈りの空間になっている。
巨大RCシェル。
直線の集合。
しかし出来上がる空間は、幾何学的な曲面になる。
壁と屋根の境界が曖昧だ。
巨大柱はない。
代わりに、空間そのものが構造になっている。
内部に入る。
見上げる。
コンクリートの重さ。
光。
静けさ。
構造が単に荷重を支えるためではなく、精神的な空間体験にまで踏み込んでいる。
あの建築には、そういう強さがある。
岐阜市立中央図書館。
ここはまた全然違う。
木格子による大空間。
柔らかい。
巨大建築なのに威圧感がない。
木格子シェルが屋根を支える。
構造と家具の中間のような感覚。
荷重を支えているのに、どこか人間のスケール感を失わない。
光も柔らかい。
大空間建築というと、どうしても巨大鋼構造を想像する。
しかし、こういう解き方もある。
大空間の答えは一つではない。
大空間建築は、柱が少ない建築ではない。
むしろ、力の流れを徹底的に整理した建築だ。
地盤。
施工。
競技条件。
コスト。
振動。
未来の用途。
全部を抱え込みながら、最後に空間が立ち上がる。
見えているのは、少ない柱だけだ。
だが、その裏側では、構造設計者がかなり執拗に悩んでいる。
たぶん、それが大空間建築というものなのだと思う。


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