旅の記憶 ― シドニーオペラハウス
これまでいくつかの建築を見てきたが、
自分にとって特別な意味を持つ建物がある。
シドニーオペラハウスだ。
この建物は、
単に印象に残っているというだけではない。
自分の進む方向を、
少し変えた建築でもある。
始まりはロンドンだった
そのきっかけは、
ロンドン動物園にあった。
ペンギンプールのスロープ。
あの軽やかで美しい曲線。
構造として成立しているにもかかわらず、
どこか浮遊しているようにも見える。
あの建築を見たとき、
強い衝撃を受けた。
「こういう構造をつくる仕事があるのか」
そのとき初めて、
構造設計という分野に対して
具体的な憧れのようなものが生まれた。
どうすればそこに行けるのか
ただ、思うだけでは何も変わらない。
どうやってその設計事務所に入るのか。
当時は今のように情報も多くない。
コネクションもない。
方法がわからなかった。
そんな中で一つの情報を知る。
その事務所のOBが、
日本にいるという話だった。
手紙を書く
迷った。
本当に手紙を書いていいのか。
会ったこともない人に、
自分を売り込むようなことをしていいのか。
それでも、
何もしなければ何も始まらない。
そう思って手紙を書いた。
自分が何を考えているのか。
なぜその事務所で働きたいのか。
丁寧に書いたつもりだったが、
今振り返ると、
どこか必死だったのかもしれない。
1年という時間
すぐに結果が出たわけではない。
時間がかかった。
1年。
短くはない時間だ。
途中で諦めそうになったこともあった。
それでも、
少しずつ状況が動き、
最終的にその設計事務所に入ることができた。
今思えば、
あの手紙がすべての始まりだった。
シドニーオペラハウスという建築
その方が関わっていた建築の一つが、
シドニーオペラハウスだった。
あの独特の形。
白いシェルが重なり合う外観。
誰もが一度は見たことがある建築だと思う。
訪れたことがない人でも、
そのシルエットはなんとなく描けるのではないだろうか。
それくらい、この建物は強い印象を持っている。
外からではなく、内側から
もちろん外観も素晴らしい。
港に面して立つ姿は、
それだけで一つの風景になっている。
しかし自分が好きなのは、
内側から見上げたときの景色だ。
シェル構造の内側。
幾何学的に並ぶ曲面。
構造体がそのまま空間になっている。
外から見る建築とは、
まったく違う印象になる。
構造が空間になる瞬間
シドニーオペラハウスのシェル構造は、
建築の歴史の中でも特別な存在だと思う。
単なる屋根ではない。
空間そのものを形づくっている。
構造が、
そのまま建築の表情になる。
合理性と美しさが
同時に成立している。
構造設計という仕事の魅力が、
そのまま形になっているようにも感じる。
建築と人生のつながり
不思議なものだと思う。
ロンドンで見た一つのスロープ。
そこから始まった興味。
手紙を書いたこと。
1年という時間。
そして、
その先にあった建築。
シドニーオペラハウスは、
そうした流れの中にある建物だ。
ただの「有名な建築」ではない。
自分の中では、
少し特別な位置にある。
旅の中で出会うもの
旅をしていると、
ときどきこういう出会いがある。
その場では、
ただ見ているだけのつもりでも、
あとから振り返ると、
どこかでつながっている。
建築も同じだ。
ただの風景の一部だったものが、
いつの間にか
自分の仕事や考え方に影響している。
もう一つのシドニーオペラハウス
シドニーオペラハウスには、
少し印象的な話がある。
日本の構造設計の大家の方が、
かつてこんなことをおっしゃっていたそうだ。
「私なら、もっと軽やかに設計できる」
そのはなしを聞いたとき、
なるほどと思った。
もともとこの建築のコンセプトは、
ヨットの帆だったと言われている。
風を受けて膨らむ、軽やかな曲面。
しかし実際のシドニーオペラハウスは、
どちらかというと重さを感じる。
帆というよりは、
どこか鎧のようにも見える。
それは決して否定的な意味ではない。
むしろ、
あの建物には独特の存在感がある。
構造として成立させるために、
さまざまな検討と試行錯誤があったはずだ。
もし、
かの大家が設計していたら、
まったく違うシドニーオペラハウスが
できていたのかもしれない。
より軽やかで、
より薄く、
より自由な曲面だったのかもしれない。
そういう建物も、
一度見てみたい気はする。
それでも、この形
ただ、
そう思いながらも感じることがある。
今のシドニーオペラハウスが、
やはり一つの答えだったのではないかということだ。
あの重さ。
あの厚み。
あのシルエット。
結果として、
あの建物は世界中の人に記憶されている。
建築には、
一つの正解があるわけではない。
構造の解き方も一つではない。
しかし、
ある時代の技術と判断の中で選ばれた形が、
そのまま建築の個性になることがある。
シドニーオペラハウスは、
まさにそういう建築なのだと思う。
まとめ
シドニーオペラハウスは、
世界的に知られた建築だ。
しかし自分にとっては、
それ以上の意味を持っている。
構造の美しさ。
空間の力。
そして個人的な記憶。
そうしたものが重なって、
この建物は少し特別な存在になっている。
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