初めての海外
初めて海外に行ったのは、今から35年ほど前のことだ。
行き先は香港だった。
当時の香港は、今とはずいぶん違う空気を持っていた。
街はすでに活気に満ちていたが、どこか雑然としていて、アジア特有の濃密なエネルギーのようなものが漂っていた。
初めて海外に出る人間にとって、それは十分に刺激的な場所だった。
飛行機が香港に近づくと、窓の外に密集したビル群が見えてくる。
そして機体はゆっくりと高度を下げ、街の中へと滑り込むように進んでいく。
それが啓徳空港だった。
啓徳(カイタック)空港
啓徳空港は、当時「世界一危険な空港」とも言われていた。
滑走路が海に突き出したような形でつくられており、着陸の直前には住宅地のすぐ上を飛ぶ。
ビルの間を縫うようにして降りていく感覚は、初めての海外旅行者にとってはかなりのインパクトだった。
窓の外にはマンションの窓や洗濯物が見える。
あまりにも街が近い。
飛行機が着陸した瞬間、乗客の中から拍手が起こることもあったという。
それくらい印象的な空港だった。
もちろん、その時の自分には、建築や構造のことを深く考える余裕などなかった。
ただ「すごい空港だな」と思っただけだった。
しかしその数十年後、自分が香港の国際空港の設計にほんの少し関わることになるとは、その時は夢にも思っていなかった。
人生というのは、あとから振り返ると、不思議な線でつながっていることがある。
九龍城砦という場所
当時の香港には、九龍城砦と呼ばれる場所があった。
巨大な建物の塊のような地区で、無数の建物が密集し、迷路のように増築が繰り返されていた場所だ。
世界でも例のない都市空間と言われることもある。
当時は「危険な場所」として知られていて、観光客が気軽に入るような場所ではなかった。
だから私は近くまで行くこともなかった。
遠くから眺めただけだった。
しかし、あの密集した建築の塊は強烈な印象を残した。
建物が無秩序に重なり合い、空間が積み重なっている。
都市というより、巨大な構造体のようにも見えた。
そして、それから十年ほど経った頃。
九龍城砦は解体され、再開発が進むことになる。
そのプロジェクトに、自分がほんの少しだけ関わることになるとは、そのときは想像もしていなかった。
香港上海銀行ビル
香港の街を歩いていて、もう一つ強く印象に残った建物がある。
香港上海銀行ビルだ。
現在ではすっかり香港の象徴のような建物だが、当時の自分にはかなり衝撃的な建築だった。
ノーマン・フォスターによる設計。
外部に露出した構造フレーム。
巨大なスパンの空間。
それまで見てきた建築とは、どこか違って見えた。
建物の構造が、そのまま建築の表情になっている。
構造が建築を支えているだけではなく、
構造そのものが建築のデザインになっている。
今ならそれがどういう設計思想なのか、ある程度は理解できる。
しかし当時はただ「すごい建物だな」と思っただけだった。
建築との距離
若い頃の自分は、まだ建築の世界の入り口に立っていた。
構造設計という仕事をこれから続けていくのかどうかも、まだはっきりしていなかった。
ただ海外の街を歩きながら、
大きな建物を見て、
空港を見て、
都市を見て、
「世界にはいろいろな建築があるんだな」
そんなことをぼんやり考えていた。
時間がつくる距離
それから長い時間が過ぎた。
建築の仕事を続け、
いろいろなプロジェクトに関わるようになり、
海外のプロジェクトにも関わる機会が増えた。
気がつけば、あの香港の街で見た建築のいくつかに、
ほんの少しだけ関係することになっていた。
もちろん、自分がその建物を設計したわけではない。
ほんの一部に関わっただけだ。
それでも、不思議な感覚がある。
初めて海外を歩いたとき、
ただ遠くから眺めていた建築。
それについて、今では
「あぁ、あれはね……」
などと、したり顔で話している自分がいる。
少しだけ、くすぐったい気持ちになる。
初めての海外が残したもの
あのときの香港は、
まだどこか雑然としていて、
エネルギーに満ちていた。
九龍城砦はもうない。
啓徳空港もすでに役目を終えた。
街は変わり続ける。
それでも、初めて海外の都市を歩いたときの記憶は、
今でもどこかに残っている。
そして、その街で見た建築や空港や都市の風景が、
自分の仕事のどこかに影響しているのかもしれない。
そう思うことがある。

