構造設計者が考える良い建物とは何か

建築キャリア

構造設計者が考える良い建物とは何か

良い建物とは何か。

これは簡単なようで、とても難しい問いである。

美しい建物。
使いやすい建物。
丈夫な建物。
長く残る建物。
安く建つ建物。
時代に合った建物。

どれも間違っていない。

けれど、どれか一つだけで良い建物になるわけでもない。

構造設計者として長く建物に関わってきて思うのは、良い建物とは、いくつもの条件がうまく折り合っている建物なのだということだ。

安全。
美しさ。
コスト。
維持管理。
将来性。

それぞれが主張しすぎると、建物は少しぎこちなくなる。

どれかが足りないと、建物はどこか危うくなる。

建物は、単なる作品ではない。

人が入り、働き、暮らし、学び、遊び、時間を過ごす場所である。

だから良い建物を考える時、私はまず安全から考える。


安全であることは大前提

建物は安全でなければならない。

これは当たり前すぎるほど当たり前のことだ。

しかし、この当たり前を本当に考え続けるのが構造設計の仕事である。

地震が起きた時、海外にいたら、私はまず建物の外に逃げるかもしれない。

しかし日本なら、むしろ机の下に入る。

外に飛び出した方が危険な場合があるからだ。

看板が落ちてくる。
ガラスが割れて降ってくる。
外壁材が落下する。
電柱や塀が倒れる。

日本の建物は、大地震を受けても簡単には崩壊しないように設計されている。

もちろん絶対ではない。

古い建物もある。
劣化した建物もある。
想定を超える地震もある。

それでも、少なくとも現代の日本の建築基準の考え方は、建物が損傷しても人命を守ることを目指している。

建物は、地震でまったく傷つかないことだけを目指しているわけではない。

大地震時には損傷することもある。

しかし、崩壊させない。

人が逃げる時間を確保する。

そこに安全設計の根本がある。

良い建物の第一条件は、まずここにある。


美しさとは、構造と用途が合っていること

では、安全であればそれで良いのか。

もちろん、それだけではない。

建物には美しさも必要だ。

ただし、構造設計者が考える美しさは、見た目の派手さだけではない。

骨格が見える建物は美しい。

大きな梁。
力強い柱。
張り巡らされたトラス。
空間を支えるアーチ。

構造そのものが建築の表情になっている建物を見ると、素直にいいなと思う。

一方で、ささっと、さりげなく建っている建物も美しい。

構造が前に出すぎない。

無理をしていない。

必要なところに必要なものがあり、自然に立っている。

そういう建物にも、別の美しさがある。

私が美しいと思うのは、建物の用途に合った構造である。

軽快なガラス建築なら、構造も軽やかであってほしい。

透明性を邪魔しないように、細く、精密で、静かに支える。

一方、重厚なRC建物なら、コンクリートの量感や重さがそのまま空間の力になることもある。

教会。
美術館。
公共建築。

そこでは、重さが悪ではない。

むしろ、その重さが空間の説得力になる。

良い建物は、構造と用途が喧嘩していない。

軽く見せたい建物が重そうに見えすぎても違和感がある。

重厚であるべき建物が頼りなく見えても落ち着かない。

構造が用途に合っている。

それが、構造設計者から見た美しさなのだと思う。


コストは安ければよいわけではない

建物の話をすると、必ずコストの話になる。

安全も、ある意味ではお金で買うものだ。

最低限、崩壊しなければいいと考える人もいる。

一方で、地震の時に揺れを感じるのも嫌だ、家具も動かしたくない、事業を止めたくないと考える人もいる。

どちらが正しいという話ではない。

車にたとえるとわかりやすい。

移動できればそれでいいという人もいる。

スピードを求める人もいる。

デザインを求める人もいる。

ブランドを求める人もいる。

安全装備にお金をかけたい人もいる。

建物も同じだ。

何を求めるかによって、適正なコストは変わる。

だからコストは、安ければ良いというものではない。

大切なのは、納得できる金額かどうかである。

必要な性能に対して、適正な価格になっているか。

払ったお金に対して、きちんと価値があるか。

私は、自分の技術を安売りしたくないと思っている。

設計料も、施工費も、できればきちんといただきたい。

それは欲張りという意味ではない。

良い仕事をするためには、それに見合う時間と体制が必要だからだ。

ただし、コストを無視してよいということでもない。

設計者ができることはある。

作業の効率を上げること。
材料費を圧縮すること。
必要以上に大きな断面を避けること。
もっと効率的な構造フレームを探すこと。

必要な鉄筋は省略できない。

安全に関わる部材を削ってはいけない。

しかし、検討し尽くすことで断面を絞ることはできる。

力の流れを整理すれば、材料を減らせることもある。

コストを下げるとは、単に安くすることではない。

無駄をなくすことだ。

そして無駄をなくすには、考え尽くす必要がある。


維持管理という永遠のテーマ

建物は、完成した瞬間が終わりではない。

むしろ、そこから長い時間が始まる。

良い建物を考える時、維持管理は避けて通れない。

ここには永遠のテーマがある。

作り直しが簡単な方がよいのか。
それとも、絶対に壊れない方がよいのか。

おそらく答えは、その中間にある。

その考え方の一つが、スケルトン・インフィルである。

スケルトンは、建物の骨格。

柱、梁、床、耐震要素。

長く使う部分だ。

インフィルは、内装や設備。

配管、配線、間仕切り、仕上げ。

時代とともに変わる部分である。

建物の寿命と、インフラの寿命は同じではない。

設備は進化が早い。

配管も劣化する。

電気や通信の仕組みも変わる。

昔は十分だった容量が、いつの間にか足りなくなる。

だから、全部を壊さなくても部分的に改修できることが大事になる。

今では、配管や配線などのインフラのどこで不具合が発生しているかをモニターするシステムの開発も進んでいる。

建物全体を壊さなくても、問題のある部分を見つけ、そこだけ直す。

そういう維持管理がもっと一般的になっていくはずだ。

良い建物とは、完成時に美しいだけではない。

十年後、二十年後、三十年後にも手を入れながら使える建物である。

そのためには、見えない部分の設計が重要になる。

点検できるか。
交換できるか。
更新できるか。
将来の設備変更を受け入れられるか。

良い建物は、未来の工事にも少し優しい。


将来性とは何か

将来性という言葉は難しい。

技術は進化している。

AIの進化によって、解析そのものはもっともっと楽になっていくだろう。

モデルをつくる。
荷重を入れる。
解析する。
断面を検討する。
結果を比較する。

こうした作業の多くは、今後かなり自動化されていくと思う。

しかし工法そのものを振り返ると、少し違う感覚もある。

私は、主要な構造形式や工法は、かなり早い段階で出そろっていたように感じている。

1970年の大阪万博で、現代につながる多くの構造表現や工法がすでに現れていた。

先輩方は偉大だと思う。

今の新しい建物を見ても、構造形式そのものは従来の応用であることが多い。

もちろん技術は進化している。

3Dプリンターで部材をつくる。

ロボットが施工する。

デジタルツインで建物を管理する。

センサーで状態を監視する。

そうした進化は間違いなくある。

けれど、完成した建物の構造形式だけを見ると、柱、梁、壁、床、アーチ、トラス、シェルといった基本は変わっていないことも多い。

新しいのは、つくり方や管理の仕方なのかもしれない。

自分の隣でロボットが働いている時代は、意外とすぐに来る気がする。

現場でロボットが墨を出し、溶接し、配筋を確認し、ドローンが検査する。

そんな景色は、もう未来というほど遠くない。

では、その先はどうなるのか。

よくある未来都市のように、透明なチューブの中を乗り物が走り、空中に建物が浮かぶような世界になるのか。

それとも逆に、もっと原始的なものへ回帰するのか。

土。
木。
石。
風。
光。

自然素材と新しい技術が組み合わさる未来もあるだろう。

構造設計者としては、その両方を見てみたい。


良い建物は、時間に耐える

良い建物とは、時間に耐える建物だと思う。

もちろん、単に長持ちすればよいという意味ではない。

安全に耐える。
用途の変化に耐える。
社会の変化に耐える。
技術の変化に耐える。
人の記憶に耐える。

建物は、完成した時だけ評価されるものではない。

使われて、汚れて、直されて、時には用途を変えながら、その価値が見えてくる。

最初は華やかでも、維持できなければ良い建物とは言いにくい。

逆に、最初は地味でも、長く愛される建物がある。

さりげなく建っているのに、使いやすい。

古くなっても、手を入れればまた使える。

街の風景に馴染み、人の記憶に残る。

そういう建物は強い。


まとめ

構造設計者が考える良い建物とは何か。

それは、安全であることを大前提に、美しさ、コスト、維持管理、将来性がうまく折り合っている建物だと思う。

安全は譲れない。

しかし安全だけでは建築にならない。

美しさが必要だ。

ただし、その美しさは用途と構造に合っている必要がある。

コストも大切だ。

安ければよいわけではなく、納得できる価格で、必要な価値があることが大切だ。

維持管理も欠かせない。

建物は完成した瞬間から劣化し、設備は時代とともに古くなる。

だから、直せること、更新できること、長く使えることが重要になる。

そして将来性。

AIやロボットが進化しても、建物が人の場所であることは変わらない。

むしろ、技術が進むほど、人が何を心地よいと感じるのか、何を安全だと感じるのかが問われるのかもしれない。

良い建物とは、立派な建物だけではない。

派手な建物だけでもない。

人を守り、用途に合い、無理なく美しく、長く使われ、時代の変化を受け止める建物。

構造設計者として、私はそういう建物に惹かれる。

そして、できることなら、そういう建物を一つでも多く残したいと思っている。

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