なぜあの建物は細い柱で倒れないのか?② ガラス建築
建築には、昔から一つの欲望がある。
もっと軽くしたい。
もっと細くしたい。
もっと視界を遮りたくない。
柱は邪魔だ。
構造設計者としては少々複雑な気持ちになるが、建築家も施主も、そして利用者も、できるだけ何もない空間を好む。
床面積を少しでも増やしたいという事情もあるだろう。
しかしそれ以上に、
「見えないことへの憧れ」
があるように思う。
その究極が、おそらくガラスだ。
ガラスは弱くない。むしろ強い。
一般に、ガラスは「壊れやすい材料」というイメージがある。
間違ってはいない。
ただ、構造設計的には少し違う。
ガラスの圧縮強度は高い。
実はコンクリート並みに優秀だったりする。
問題は別のところにある。
壊れ方だ。
鉄骨は変形しながら粘る。
RCもひび割れながら、鉄筋が踏ん張る。
構造設計では、この「粘る」という性質が非常に重要になる。
塑性性能。
靭性。
地震エネルギーを吸収する能力。
ところがガラスは違う。
限界を超えると、比較的突然壊れる。
脆性的破壊。
だから主構造材に使う難易度が一気に上がる。
ガラスを耐震壁にできないのか?
ここで一つ、素朴な疑問が出てくる。
柱梁は普通の素材にして、
耐震壁だけガラスにできないのか?
理論上、強度だけなら可能性はある。
しかし問題が山ほど出てくる。
普通のガラス外壁は、構造から切り離して設計する。
理由は単純だ。
建物は揺れる。
変形する。
ガラスは小口衝撃に弱い。
だから通常は、ガラス周囲にクリアランスを設ける。
「構造の変形から逃がす」のである。
しかし耐震壁にするなら話が逆になる。
力を伝えないといけない。
ここが難しい。
DPG(点支持ガラス)にするのか。
ガスケットを使うのか。
積層ガラスか。
接合方法は。
防水は。
防音は。
温度変形は。
考え始めると課題が終わらない。
不可能ではない。
だが、決して簡単でもない。
ガラス柱はさらに難しい
柱となると、難易度はさらに跳ね上がる。
なぜなら柱は、
床や屋根を支える主構造
だからだ。
外壁が壊れても、建物全体は残るかもしれない。
しかし柱が壊れれば、全体崩壊に直結する。
ここで重要になるのが、
レダンダンシー(冗長性)
である。
一部が壊れても、全体は崩壊させない。
建築基準法の根底にも流れる考え方だ。
建物にはダメージがあってもいい。
しかし人命は守らなければならない。
そのためには、
代替荷重経路。
多重支持。
破壊シナリオ。
極端な話、最悪の事態を想定した設計が必要になる。
ルーブル美術館 グラン・ピラミッド
ルーブル美術館の中庭に立つと、
最初は単純な透明ピラミッドに見える。
しかし近づくと印象が変わる。
細いテンション材。
金属ロッド。
ガラス。
接合金物。
あれは単なるガラスの塊ではない。
実際には、
非常に繊細な空間フレーム構造
だ。
圧縮材と引張材を極限まで細くし、
透明性のために構造を「消そう」としている。
だが皮肉なことに、
透明に見える建築ほど、構造は高度になる。
夜のルーブル。
石造建築の重さ。
その中央に置かれた軽い透明構造。
歴史と現代構造の対比が強烈だ。
東京国際フォーラム ガラス棟
東京国際フォーラムに入ると、
巨大な船体の中にいるような感覚になる。
フィッシュボーン梁。
巨大鋼骨。
長大スパン。
あの空間は、
「ガラス建築」というより、
巨大骨格建築
と言った方が正確かもしれない。
実際、透明性を成立させているのはガラスそのものではない。
あの巨大な構造骨格だ。
二本柱で成立する大空間。
整理され尽くした力の流れ。
あれほど構造が露出しているのに、
なぜか空間は軽い。
構造が主役でありながら、透明性に奉仕している。
不思議な建築だ。
Apple Park Visitor Center
ここでは、さらに一歩進む。
ガラス柱。
本当にガラスが屋根を支えている。
もちろん単純な一枚ガラスではない。
積層ガラス。
高精度接合。
見えない鋼金物。
極めて慎重な荷重制御。
温度変形。
施工誤差。
あらゆるリスクを制御しながら成立している。
屋根が浮いて見える。
構造が消えているように見える。
しかし実際には逆だ。
見えない場所に、
ものすごい量の構造的配慮が潜んでいる。
透明性は、努力なしには成立しない。
太陽酒店(中国 浙江省湖州市)
遠くから見る。
巨大なリング状の球体。
まるで湖面に浮かぶ人工惑星だ。
しかし構造設計者として見ると、
まず別のことを考える。
これ、施工どうしたんだろう。
巨大曲面。
球体形状。
鋼骨メッシュ。
曲面ガラス。
累積誤差。
温度伸縮。
風荷重。
考えるだけで胃が痛くなる。
球体は、美しい。
そして施工は難しい。
巨大曲率を持つ鋼骨シェルに、
大量のガラスパネルが載る。
一枚ずつ精度を合わせる。
ガラス単独では成立しない。
鋼骨メッシュがあり、
曲面骨組があり、
接合ディテールがある。
透明な球体に見えるが、
実態は極めて高度な複合構造体だ。
ガラス建築は「見えない構造」の建築
ガラス建築を見ていると、
構造設計の面白さを感じる。
透明性を目指せば目指すほど、
構造は見えなくなる。
だが、
消えているわけではない。
むしろ逆だ。
見えないところで、
構造は増えている。
細くなり、
高度化し、
精密になっている。
透明とは、
構造が不要になることではない。
構造を極限まで洗練すること。
ガラス建築は、
そんな少し逆説的な世界なのだと思う。
内部リンク
なぜあの建物は細い柱で倒れないのか?①大空間
東京国際フォーラム ― 構造設計という仕事で一番驚いた建物
構造設計の魅力


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