構造設計という仕事は、
建物の骨格を考える仕事だ。
見た目の派手さはない。
建物の完成写真に名前が出ることも少ない。
しかし、
その建物が安全に立っていられるかどうかに関わる。
だからこそ、
この仕事には
絶対にやってはいけないことがある。
技術的なことはいくつもある。
けれど、突き詰めると
問題の多くは人間の側にある。
忙しさ。
遠慮。
見栄。
怠慢。
設計ミスの多くは、
意外にそういうところから始まる。
忙しくて検討できなかった
まず、
絶対に言ってはいけない言葉がある。
「忙しくて検討できなかった」
現実には、忙しい。
設計の現場はたいてい忙しい。
工期は限られている。
打ち合わせは多い。
図面も計算もチェックもある。
だから、
忙しさそのものは特別なことではない。
問題は、
忙しいことを理由に
検討を省いてしまうことだ。
構造設計では、
省いてはいけない検討がある。
力の流れ。
断面の妥当性。
接合部。
荷重条件。
そうしたことを
「後で見よう」と思ったまま進めてしまう。
あるいは
「たぶん大丈夫だろう」で済ませてしまう。
その瞬間に、
設計は危うくなる。
忙しさは理由にはなっても、
免罪符にはならない。
もっと断面を絞ってくれと言われたとき
構造設計をしていると、
必ずと言っていいほど
こういう場面に出会う。
「もう少し断面を小さくできませんか」
意匠上の理由かもしれない。
コストの問題かもしれない。
施工上の都合かもしれない。
もちろん、
合理的に断面を調整することはある。
過剰な設計を見直すことも必要だ。
だが、
安全性の余裕を削ってまで
断面を絞ることは別の話だ。
構造設計者は、
その境界を見誤ってはいけない。
少し細くする。
少し軽くする。
少しコストを下げる。
その「少し」が積み重なると、
建物全体の性格が変わることがある。
安全とコストは、
いつも天秤にかけられる。
しかし構造設計者が守るべき最後の線は、
どこかに必ずある。
そこを曖昧にしてはいけない。
知ったかぶり
これも危険だ。
構造設計の仕事をしていると、
知らないことに必ず出会う。
新しい材料。
新しい工法。
特殊なディテール。
経験の少ない構造形式。
そういうときに
一番まずいのは、
知らないのに知っているふりをすることだ。
「たしかこうだったはずだ」
「前にも似たようなことがあった」
その程度の曖昧な記憶で
判断してしまう。
知らないなら、
調べるしかない。
確認するしかない。
詳しい人に聞くしかない。
それをせずに
知ったかぶりで進めるのは、
設計ではなく賭けに近い。
構造設計は、
運に任せる仕事ではない。
不勉強
不勉強もまた、
構造設計者がやってはいけないことの一つだ。
建築の技術は変わる。
基準も変わる。
解析手法も変わる。
材料も変わる。
昔の知識だけで
今の設計ができるわけではない。
経験は大事だ。
しかし経験だけでは足りない。
新しい知見を学ぶ。
過去の被害から学ぶ。
他の設計者の考え方から学ぶ。
そういう積み重ねが必要になる。
構造設計という仕事は、
一度覚えたら終わりではない。
むしろ、
続ければ続けるほど
勉強し続けなければならない仕事だと思う。
パソコンに頼りきること
今の設計では、
解析ソフトなしに仕事は進まない。
便利だし、
速いし、
計算量も人力とは比べものにならない。
だが、
便利なものほど危うい。
結果が数字で出てくると、
それが正しいように見えてしまう。
しかし本当に怖いのは、
入力条件が間違っていたときだ。
モデル化の考え方がずれていたときだ。
境界条件を勘違いしていたときだ。
ソフトは計算してくれる。
だが、
考えてはくれない。
だからこそ、
常に自分の頭で確認する必要がある。
この値は妥当か。
この変形は自然か。
この応力分布はあり得るか。
頼りきったときに、
ミスは出る。
違和感を無視すること
設計の現場では、
時々「何かおかしい」と感じることがある。
数値は合っている。
図面も一応まとまっている。
でも、どこか引っかかる。
その違和感を
無視してはいけない。
経験というのは、
そういう違和感の形で現れることがある。
忙しいと、
そこを飛ばしたくなる。
先に進めたくなる。
だが、
その違和感の中に
重要な問題が潜んでいることは少なくない。
結局、何を守る仕事なのか
構造設計者は、
計算をする人ではない。
図面を描く人でもない。
もちろん、
それは仕事の一部ではある。
だが本質は、
建物の安全を守ることだ。
そのために
疑う。
確認する。
学ぶ。
譲らない。
そういう姿勢が必要になる。
忙しさに流されないこと。
コストだけで判断しないこと。
知らないことを知ったふりしないこと。
学ぶことをやめないこと。
結局、
やってはいけないことというのは、
安全から目をそらすことなのだと思う。
まとめ
構造設計者が絶対にやってはいけないことは、
特別なことではないのかもしれない。
忙しくて検討を省く。
安全性より先に断面を絞る。
知らないのに知ったふりをする。
勉強しない。
ソフトの結果を鵜呑みにする。
どれも、
少しずつ起こりうることだ。
だからこそ怖い。
構造設計の仕事は、
慎重さの上に成り立っている。
その慎重さを失ったとき、
設計は危うくなる。
建物は静かに立っている。
しかしその静けさの裏側には、
設計者の執拗なくらいの確認と、
地味な積み重ねがある。
たぶんそれが、
この仕事を支えている。


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